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【レポート】第37回日本エンドメトリオーシス学会学術講演会・スポンサード講演「医療経済学からみた子宮内膜症早期治療の意義」

2016年1月23日、熊本市で開催された第37回日本エンドメトリオーシス学会学術講演会で、スポンサード講演「医療経済学からみた子宮内膜症早期治療の意義」にJECIEが協力しました。演者は本研究をリードした荒川一郎帝京平成大学薬学部准教授をはじめ、本会役員から、百枝幹雄本会実行委員長、甲賀かをり副実行委員長、太田郁子本会実行委員が務めました。

医療経済評価とは、医療技術評価(HTA:Health Technology Assessment)の1つの手法で、医療行為によって得られる効果を経済学の手法を用いて評価することです。費用に見合う効果を持っているかどうか(効率性)を定量的に評価し、必ずしもコスト削減を追求するものではありません。得られた結果は、主として、効率的な資源配分を必要とする政策の策定・意思決定で用いられます。

月経困難症や子宮内膜症は、女性のライフプランに長期間にわたって影響します。今回、 荒川一郎先生主導により、子宮内膜症早期治療の医療経済研究を実施しました。

医療経済評価と、その必要性

女性のライフステージは、月経と深く関係しています。キャリアの準備期である思春期に初経を迎えたのち、20~30代のキャリア形成期では身体的には性成熟期となり、出産・育児などライフイベントを経験し、キャリアを維持する40代後半から50代にかけて閉経し更年期を迎えます。しかし、子宮内膜症・月経困難症などの月経随伴症状は、QOL低下や不妊を招き、女性の一生にわたって大きな影響を及ぼします。これらの年間の社会経済的負担は約6,828億円と推計され、そのうち労働損失は全体の72%を占めています。[*1] しかし、月経随伴症状による日常生活への影響は、婦人科受診によって改善され[*2] 、月経随伴症状に対する婦人科でのLEPによる治療は月間推計6,932円の節減効果をもたらします。[*3]

子宮内膜症は月経のたびに進行するといわれ、発症から診断まで平均で12年程度かかります。子宮内膜症になるリスク因子を探ると、初期の月経歴と子宮内膜症の関係では、月経困難症が頻繁にある人が、ない人に比べてオッズ比で2.6倍でした[*4]。また、LEP投与と子宮内膜症に関す18文献をメタ解析するとLEPを使用することで子宮内膜症のリスクが減ることがわかりました。以上のことから、早期介入が治療と予防の観点から医学的に有効であることは明白であります。

女性が健やかに活躍し、妊娠出産できるためには臨床と研究だけではなく、社会的・包括的枠組みが必要でありそのためには健康保険組合や行政などの協力がなくてはなりません。しかし、いままで婦人科に行っていなかった女性たちを婦人科に受診させることは、直接的に発生する医療費は単純に増えることとなります。医療費の7割を負担する健康保険組合にとってみれば一見すると負担が増えるだけに見えることもあるかもしれません。このため子宮内膜症・月経困難症に対する早期介入の医療経済評価を行い、経済的にも効率がよいと実証することで、健康保険組合や行政などの協力を得やすくすることが必要です。

医療経済について

医療費は増大をつづけていて、医療費の効率的な運用は喫緊の課題となっています。当然、医療には費用がかかります。限られた予算の中で効率的な運用をすることが求められています。その中で経済学的手法を用いることで、これに応えようとする動きが生まれました。

医療経済評価では、2つ以上のプログラムについて「費用(input:治療費、薬剤費など)」と「結果(output:有効性・QOL・生存率など)」とを同時に測定し、比較しているものを費用効果分析と呼びます。どちらのプログラムを選択したほうが経済的効率性(費用対効果)が優れているかを評価します。ここで重要なのが必ずしも医療費の削減を目的としているわけではなく、効率性を評価することです。

分析の手順

医療経済評価をはじめるにあたり、まず必要なことが分析の立場と費用の範囲を明確にすることです。日本の場合、国民皆保険制度が導入されているので「患者」「医療者」「保険者(健康保険組合など)」の3つの立場があります。また、費用には、直接費用、間接費用、不可測費用があります。3者のどの立場をとるかによって、また費用種別の範囲によって、inputが大きく変わってきます。

直接費用
   直接医療費 疾病の診断・治療のために医療機関でかかる費用
   直接非医療費 疾病に関して本人や家族が支払う医療以外の費用(介護費用等)
間接費用
   罹患費用
(労働損失)
罹患のために仕事や余暇活動を行う能力の喪失・減退に伴う費用
   死亡費用 死亡によって失われる時間を金銭換算⇒時間損失
不可測費用
   痛みや苦痛を費用に置き換える(QOLに組み込まれる)

つぎに、採用する効果を明確にします。効果には、治療によって得られた生存年数や物理的尺度(血圧など)がありますが、前者を選択すると健康な1年と、寝たきりの1年が同じになってしまします。また、後者にすると指標の選択によって単純な比較ができません。

そこで質調整生存年数(QALY:Quality Ajusted Life Year)という指標が1960年代に開発されました。これは、完全に健康な状態を1、死亡を0として、状態によってウェイトを設定し、1年の重みを算出します。この重みに年数をかけることで、「年数」という単位に統合され、様々な疾病や傷害の状態を定量的に表現することができます。例えば、QOLが0.8の状態で10年過ごすとQALYは8年となります(QOLの状態が1で8年過ごす場合や、QOLが0.8で5年過ごした後0.4で10年生存することと等価とみなされます)。ここで使用されるQOLは、アンケートを通して測定され、そのためにEQ-5DやVASなどの手法などいくつかの手法が確立されています。

分析モデル

実際の患者の状態は日々刻々と状態は変化します。費用と効果の定義を明確にした後は、分析モデルを策定します。ディシジョンツリーなどいくつかの手法がありますが、今回の子宮内膜症・月経困難症についての分析はマルコフモデルを採用しました。

マルコフモデル

これは、離散的な時間単位(1月2月3月…、1年2年3年…など)で区切られるサイクルを繰り返し、各サイクルにおいてそれぞれの状態によって、移行確率に従った状態遷移を繰り返します。図の例では、疾患A、病態B、死亡の3つの状態が設定されています。例えば疾患Aから死亡する確率は20%、病態Bに変化(悪化)する確率は20%、状態に変化がない確率が60%としています。これを、設定したサイクルごとに計算します。こうすることで、患者の予後を複数・有限の状態を想定し、その変化をシミュレートすることができます。

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「本研究で用いた医療経済評価のための分析モデルの概要」荒川一郎 より

このサイクルを繰り返していくと、状態ごとの遷移表を作成することができます。図の例でいえば、1年目に疾患Aが1000人いたら、2年目はAが600人、Bが200人、死亡が200人となり、3年目はAが360人、Bが240人、死亡が400人、4年目はAが216人、Bが216人、死亡が568人といったように、各状態の人数が変化していきます。さらに、各状態においての人数に1人あたりの医療費をかけると、累積費用を算出することができます。このようにして一定のサイクルを経ると、医療費の総額を算出することができます。さらに各マルコフ状態に効用値(QOL)を設定することで、QALYも同時にを算出することができ、1QALYあたりの費用を求めることができるのです。

こうして得られた費用が、費用対効果比が許容できるかどうかを判断する1つの基準が支払い意思額です。この支払い意志額は国によって異なります。日本はおおむね500600万円とされ、1QALYがこの額より低い額であれば効率的とされています。(政府機関が公的に設定した基準はありません)

子宮内膜症のQOL評価の手法

さて、それでは子宮内膜症に対する早期介入の経済評価をしてみましょう。まずは、QALY算出のためにQOLを評価する方法を策定します。すでに述べた通り、QALYとは、1が健康な状態の1年を示し、0は死亡を示します。今回、治療前のQOL評価をEQ-5D、VASの2つ指標を用いて倉敷平成病院などで実測しました。

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「子宮内膜症患者のQOL評価」太田郁子 より

EQ-5Dは、日常生活や社会活動などへの病態の影響が反映されます。治療前後で比較すると移動や日常生活、社会活動において、疼痛治療が大きく寄与する可能性はありますが、治療前は患者は移動、日常生活、社会生活に対して質の低下を自覚していないことも推測されます。一方VAS法は痛みの尺度を直接聞く方法です。このためQOLの評価が直接反映された可能性が高いと判断し、その結果、VASを採用することしました。

その他の確率値・費用などの変数は、様々な文献をもとに算出していきました。代入した変数は下記の通りです。

効用値

変数名 変数 出典
効用値(月経困難症) 0.637 仮定
効用値(子宮内膜症I/II期) 0.637 QOL調査(VAS)
効用値(子宮内膜症III/IV期) 0.549 QOL調査(VAS)
効用値(寛解) 1.000 仮定

確率

変数名 変数 出典
子宮内膜症I/II,
III/IV期への進行率
18.4% H9武谷報告
月経困難症寛解率 80% 統計値を踏まえ調整
子宮内膜症I/II期寛解率 40% 統計値を踏まえ調整
子宮内膜症III/IV寛解率 80% 統計値を踏まえ調整
再発率 22.2% H9武谷報告
月経困難症受診割合
(年齢依存変数)
0.03-0.5 H9武谷報告H23患者調査
子宮内膜症受診割合
(年齢依存変数)
0.012-0.031 H9武谷報告H23患者調査
年間死亡率
(その他の要因)
年齢依存変数 H25簡易生命表
子宮内膜症I/II期進行に
対するオッズ比
0.40 Vessey MP et al 1993
子宮内膜症III/IV期進行に
対するオッズ比
0.13 Cochrane review

費用

変数名 変数 出典
年間受診回数(月経困難症) 4 仮定
月間外来受診費用(月経困難症)(円/回) 7,529 H23医療給付調査
年間受診回数(子宮内膜症) 4 仮定
月間外来受診費用(子宮内膜症)(円/回) 11,291 H23医療給付調査
年間入院費用(手術費を除く)(円) 207,661 H23医療給付調査
1回子宮内膜症病巣除去術(軽度) 288,080 H26外保連試案
1回子宮内膜症病巣除去術(複雑) 456,667 H26外保連試案
複雑除去術割合 63.2% 永田ほか. 産婦誌1982
OTC薬費用(セルフケア群)(円/年) 19,243 Tanaka et al *より再計算
その他の費用(セルフケア群)(円/年) 13,715 Tanaka et al *より再計算
労働損失(セルフケア群))(円/半年) 184,625 Tanaka et al *より再計算

「子宮内膜症に対する 早期介入によりもたらされる 医療経済的メリット」甲賀かをり より

今回、子宮内膜症は軽度子宮内膜症(Stage I、II)、重度子宮内膜症(Stage III、IV)に区分し、上記の変数を代入したマルコフモデルにより分析しました。

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「子宮内膜症に対する 早期介入によりもたらされる 医療経済的メリット」甲賀かをり より

結果

有病率は推奨治療群が、自己管理群と比較して95%少ない結果となりました。つまり、推奨治療で進行が抑制できるといえます。また、費用については直接費用が27万円減、労働損失は413万円減となり、社会全体の立場では推奨治療は費用削減効果があることも実証されました。

一方、保険支払い者の立場からは推奨治療にすることで40.3万円/人の負担増となります。しかし期待効果 (QALYs)は、3.8となりました。先述したように1QALYあたりの支払い意思額が500万円とすれば、3.8QALYsでは約2000万円となり、40万円の投資で2000万円の価値を取得したといえます。

さらに、1QALYあたりの費用が、500万円/QALY以下であればその医療技術は効率的と言われる中で10.6万円/QALYなので効率的であると判断できます。

以上により、子宮内膜症は医療経済的損失がありますが、適切な推奨治療を受けることにより、医療経済的にも効率的な価値が取得できるといえます。このためにも、月経困難症の患者が早めに医療機関を受診し適切な治療が受けられるような環境作りが必要です。

座長・演題・演者

座長

大須賀 穣 東京大学産婦人科学講座教授
楢原 久司 大分大学医学部産科婦人科教授

演題・演者

「医療経済学的評価の必要性と意義」
百枝幹雄 本会実行委員長

「本研究で用いた医療経済評価のための分析モデルの概要」
荒川一郎 帝京平成大学薬学部准教授

「子宮内膜症患者のQOL評価」
太田郁子 本会実行委員

「子宮内膜症に対する 早期介入によりもたらされる 医療経済的メリット」
甲賀かをり 副実行委員長